Akira, Founder of Design Kompany and TRYBE

誰だって面白くなれる可能性がある―「順応力」を届けるDesign Kompany代表 森田玲

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by 唐 語思

本日ご紹介するのはDesign Kompany代表の森田玲(あきら)さん。親の転勤で高校の時にアメリカへ渡り、その後日本、アフリカ、アイルランド、インドやべトナムでの生活を経験し、あきらさんは奥様と一緒にカンボジアに流れ着きました。2004年に立ち上げたグラフィックデザインをメイン事業とするDesign Kompanyのお仕事の傍ら、現在フリーランスのコンサルタントとして「創造性」をテーマに様々な企業やNGOを相手にイベントを開催しています。そんな彼が最終的に参加者に届けたいのは「順応力」だと言います。才能で人生が決まるのではなく、誰にでも面白くなれる可能性があると信じるあきらさんが辿ってきた波瀾万丈の道のり、そしてその途上で徐々に固まっていった信念とはどのようなものだったのでしょうか。

唐:あきらさんは様々な取組みをされていますが、今現在どのようなプロジェクトを中心にご活動されていますか?

あきらさん:色々ありますが、基本はフリーランスのコンサルタントとして活動しています。内容的にはクリエイティビティとか、いわゆる創造性のあるプロジェクトをやりたいという人たちのお手伝いをしています。具体的にはワークショップをしたり、企業やNGOのミーティングに入ってファシリテーションをしたり、イベントを開催したりしています。

今2つ大きな軸があって、一つ目は”TRYBE”というスタートアップの立ち上げを支援する施設。もう一つは、ビデオを使ったプロモーション活動をしているビデオグラファーに向けて、ちょっとした研修旅行みたいなものをパートナーと一緒に企画しています。外国からカンボジアに10日間来てもらって、カンボジア人の参加者も交えてショートドキュメンタリーをみんなで作るということをやっていて、これは別会社として立ち上げています。その合間に従来のコンサルティング事業も続けています。

Akira held "Makerthon" and brought out Next Generations' creativity
TRYBEの活動の一環として企画した“Makerthon”では、ワークショップを通じて次世代リーダーたちの創造性を引き出す

様々な取組みをされている中で、何か共通する部分はあるのでしょうか?

僕は自分も含めた人の成長や順応、もっと大きなことを言うと進化していく。そういった人の可能性に興味があって、それを実現する場所を作るというのが共通のテーマです。1時間のミーティングにしても、インキュベーション施設を作るにしても、そこにいることで次のステップにつながるきっかけやきづきが生まれる場所をデザインするのが自分の仕事だと思っています。

クリエイティビティというと抽象度が高いですが、具体的に参加者にはどうなってほしいと考えていらっしゃいますか?

僕が持っていて教えられるものがあるとすれば「順応力」で、元々高校生の時にアメリカに移住して、それからもアイルランドに住んだり、日本に帰って仕事をしたり、今はアジアで仕事をしている中で、そこは鍛えられたという自信があります。そこで得られた気づきは常に柔軟でいることであったりオープンでいられることで、これからの時代で特に大事な資質になってくるんじゃないかなと思っていて、そこを分かってもらえたら今一番嬉しいかな。細かいことで言ったら、アイディアの出し方がこうとか考え方がこうだと問題解決に繋がりやすいとか、そういうテクニックを伝達するのが仕事の内容なんですけど、最終的な理念を言うとやはり「順応力」になるのかな。

元々日本人としての自覚があまりなかった

環境が大きく変わっていった中で、辛かったことはありましたか?

日本で生まれて育ったけど、あんまり適応できていなかったんですよ。学校が始まって最初の10年くらいはあまりいい思い出がないというか、高校は結構楽しかったけど、それまではいじめられたりとか、先生と喧嘩したりとか、そういうエピソードが結構多くて笑。ちょっと生意気だったんですよね。分かった気になって意見を言うみたい性格でした。だから高校でアメリカに行った時、どうやったら英語をしゃべれるようになれるのか、どうやったらここでなじんでいけるのかというのをすごく考えて、一生懸命アメリカ人になろうとしていた自分がいて、でもそれが結構楽しかったというか。元々日本が好きではなかったので笑。こんな世界があって、自分はここで全然違う人間になれるというのがすごく嬉しくて、夢中になってアメリカ人になろうとしていたのが最初の10年ぐらいかな。結構長い間勘違いをしていました笑。

子供によっては、「出る杭は打たれる」というような環境の中で個性がかき消されていくこともあると思うのですが、あきらさんは何故ずっと本当の自分を持ち続けられたのでしょうか?

本当の自分があってそれを持ち続けるという感覚ではないですよね・・・たぶんみんな嫌なことは一生嫌だし、楽しいことは一生楽しいし、かき消されるというのはそういう風に感じるかもしれないけど、別に努力しなくてもそれは自分の気づきとか環境が変わるきっかけがあれば、すぐ出てくることだと思います。だから特に気をつけて自分を大切にとか思っていたわけではないです。まあ、嫌だなっていうのはずっとあって、父親がアメリカに転勤になった時に、これはチャンスと自分で感じていたのでもう「行く行く行く!」という感じでした笑。ちょうど高校2年生で、受験が待っていたので勉強を回避できるというのもあって面白いと思ったところにどんどん飛びついていった感じですね。

Akira, Founder of Design Kompany and TRYBE
父親の転勤でアメリカに渡航すると聞かされ、「行く行く行く!!」と乗り気満々だった当時のことを振り返るあきらさん

それは珍しいですね笑。でも最初の日本でのご経験が、現在の「創造性」というテーマに結びついているような気がしますが。

創造性って別に人によってたくさんある人とちょっとしかない人がいるわけじゃないと思っていて。僕はあまり才能を信じていなくて、誰でも面白くなる可能性っていうのはあると思うんですよ。そう考えるのは、僕が色んな事を選択してきた結果だと思いますけど、母親はピアノの教師で、昔コンサートピアニストを目指して高校の出席日数を削ってまでかなり真剣に練習を重ねて音大を受けたけど、それに受からなくて。枠が4人とかそういう世界なので滑って当然と言えばそうなんだけど。なので、なんとなく芸術っぽい雰囲気がある家ではあるんですけど、かたや芸術の世界は才能の世界だから、「才能がないやつは逆立ちしてもそれで食っていくことはできない」というのが固定観念としてあって、両親にそれをずーっと言われて育ってきたんですよ。逆にそれに反抗してやろうというのが昔からあって、父親はエンジニアなので当然僕もそうなると思っていた節があったけど、「エンジニアには絶対ならないよ!」って言って。頭はたぶん理系なのに無理やり文系を選んでいましたね。やっぱり創造性は才能とはまた違う世界だし、その応用できる分野が芸術とかエンターテイメントだけじゃなくてもっと色々あっていいでしょというのはずっと感じていて今の仕事にすごく使っています。

その方向性が見えてくるまで、どのようなお仕事をされてきたのですか?

大学出てからオレゴン州、ユージン市のリクリエーション課というところでインターンをしていたのですが、ビザのトラブルでしょうがなく日本に戻って、1年間対アジア関係の仕事をしました。小さなコンサルティング会社で日本の企業をアジアで行われる展示会に斡旋するのが主な業務内容だったんですが、そこで英語がしゃべれるということでインドを担当してくれと言われ、「え、まあいいや」という感じで全部任されて笑。顧客開拓から説明会の企画やインドの展示会の視察団のアテンドもやりました。面白かったのですが、途中で会社が潰れそうになっていたので、ここで腰を据えちゃうとやばいかもと思ってアメリカの大学院に舞い戻ったんですよ。大学院を卒業してからもアメリカで3年ぐらい地元の小さいイベント関係の会社で働いて、その仕事にだんだん飽きてきた頃にたまたまアイルランドで仕事を見つけて、場所も知らずに行ったんです。

場所も知らずに?!

アイルランドに行ったのは奥さんの紹介で、どちらかというと彼女の方が冒険心が盛んで引っ張られて、ヨーロッパだったらどこでもいいという感じで行きました。最初の日本の会社も、次のアメリカの会社も、さらにその後入ったアイルランドの会社も小さくて、そういう環境で働いていて一番面白かったのが、一つのことを与えられてやっているだけでは全然足りないんですよね。色んなことを臨機応変にこなさないといけないし、その分会社経営の色んな面が見えたのが楽しかったんです。そういう経験を生かして、自分もゆくゆくは会社をやってみたいと思い、アイルランドの会社を辞めてアメリカに戻って起業しました。その間ずっと大学時代から奥さんとデザインユニットを組んでいて、ちょこちょこフリーランスでやっていたんですよ。グラフィックデザインの本当につまんないTシャツ作ったりとか、グリーティングカードを作ったりとか、そういう細々とした仕事をしていて。それを本格化させていきたいというのがだんだん見えてきて、やるならクライアントは中小企業の方が面白いと思っていました。

もう全部彼女です

奥さんも本当にすごい方なんですね。

彼女はインド系のアメリカ人なんだけど、日本に留学行ったり、一人でインドを旅行したり、彼女が「アジアに行きたい」「子供を連れて一緒に旅行したい」と言ってカンボジアに辿り着いたんです。

アジアに行きたいというのは、何がきっかけだったのでしょうか?

まず、2004年にアメリカで立ち上げた会社を軌道に乗せるまでにほぼ10年あって、奥さんと一緒にこれからどうやって生きて行こうかという話をしていて、そこで子供が生まれ、場所をノースキャロライナーに移して、という流れがありました。疲れたというか、このままずっとやって会社を大きくすることには興味ないし、かといって暮らしは全然良くならないし、ということで行き詰っていたのが一つの理由でした。もう一つは、子供が大きくなってきて、これからどうやって子供の教育をしていくか考えていた時に、普通にアメリカでいい学校に行く競争をさせるのも馬鹿げてるよなとか、そういうことをうじゃうじゃ考えていて、二人とももう一回違う所に行きたいというのがありました。彼女はベトナムに行きたいと言ったのでとりあえずベトナムに行って、その頃ちょうどインドにインターナショナルスクールの立ち上げに協力してほしいという話があって、そこに行くのも面白いよねということで、子供の教育も兼ねて他の国も周りながらインドとベトナム両方に半年ずつぐらいいれたらいいねという計画をして出てきたんです。もちろん全然思い通りにはなりませんでした笑。インドからベトナムに帰る途中にカンボジアに寄ったらカンボジア面白そうだなということで、元々の思惑はおじゃんになって、気づいたらカンボジアに住んでいました。

当時子育てに関する不安はなかったんですか?

不安はそんなに無くて、むしろ周りが結構不安がる笑。かなり反対されて、「何考えてるの?!」という感じで言われました。だから逆に自分たちが不安がる余裕がないというか、自分たちが不安がったら反対されて止めちゃうような気もして、不安になれなかったです。

なるほど……。奥さんの影響は結構強かったんですか?

グラフィックデザインに目覚めたのも彼女がやっていたからで、ずーっと一緒にいて、いつもおしゃべりをして、影響はものすごく強いですね。喧嘩もすごいしましたけど笑。
僕から見たら、彼女は自分がやりたいことをもう体現しているというか、元々アーティスティックな人で絵も描けるし、とにかくクリエイティブな人ということで惹かれた部分もあって、もう全部彼女です。どちらかと言うと。

Akira has been inspired from his wife so much
Design Kompanyという会社名は、奥様のイニシャルD.Kから

あきらさんにモチベーショングラフを書いていただきました

Akira's Motivation Graph

なんかピンと来てないけど……。

あきらさんにとって、どこがハイライトになるのでしょうか?

時間をLinear(直線的)なものではなく、世界地図で日本、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ(ガーナにも2か月ぐらいなんちゃって留学に行きました)があって、国ごとに思い出があるんですよね。環境が変わったことで色んな気づきがあって成長する機会になることをしたり、それが一番大きいですね。ハイライトとか、苦労したとか、スキルをゲットして仕事をとか、区別しなくてもいいんじゃないかなと思います。人生ってLinearな概念かもしれないけど、僕にとって行きたい場所があって、でもそれがすごく漠然としていて、行こうとするんだけど中がめちゃくちゃなんだよね。そこを経て、自分で色々あったなって考えて、また自分に収束して、じゃあ次どこ行こうかなって考えて、やっぱり先のことは分からないから、またもがいてそこへ向かう。その繰り返しだと思うんですよね。なのでこれをやったらこうなるとか、これをやったらこれがゲットされてそれを使って仕事にするって、なかなかそうはならないと思います。でもその期待があるから、なんか難しいと思う。適応力ができたら、じゃあそれをどう仕事に生かそうかなって考えるんじゃなくて、今どういう仕事をしたいか考えればいいだけで、それが自ずと自分が培ってきたものを使う機会につながるんじゃないかな。

最後に、今お話しされたお考えに反してしまいますが、「夢を見つけたい」学生に向けてメッセージをお願いします!

夢は探すんじゃなくて、そこにあるものに気がつくことだと思います。自分に正直に、そして周りに注意力を向ける、今あるそこに気づくことから始まります。等身大の夢を持つことはとても大事だし、そこからですよね。人を見てとか外を見てあれがやりたいというよりも、今自分が何をやりたいかを大事にした方が楽しいと思います。

Akira Morita, Founder of Design Kompany and TRYBE

森田 玲(もりた あきら)

Design Kompany代表。高校2年時に父親の転勤により渡米。そのまま一人で現地に残り大学でレクリエーションとグラフィックデザインを学ぶ。オレゴン州のユージン市にてイベント関係のインターンを経験後、ビザの関係で一度日本で就職し、その後再びアメリカに戻り大学院を経て現地でグラフィック系の仕事に従事。大学時代に今の奥さんと出会い、その影響を大いに受けながらアイルランド、ベトナム、インドなど様々な国で暮らす。旅中でカンボジアに居心地よさを覚えたことから現在移り住んで2年の月日が経つ。

Design Kompany: http://designkompany.com/
TRYBE https://www.facebook.com/TRYBEspace/

編集後記

色彩豊かな人生を歩んできたあきらさんに大きな影響を与えたのは大学時代に出会った奥様。あきらさんは喧嘩もたくさんしたとおっしゃるけれども、国にこだわらず、パートナーと同じ夢を追いかけ、支え合っていけるのはどんなに素敵なことでしょうか。「創造性」は人によってその才能が決まっているのではなく、誰にでも面白くなる可能性があると信じるあきらさん。自らが「等身大の夢」をTry & Realizeしてこられただけに、人生を直線的(Linear)なものとしてではなく、断続的なブラックボックスと表現されたのは自分にとって新しく、将来に悩んだときに「とりあえず歩み続けてみな」と、そっと背中を押してくれそうな、そんな言葉の真意に対する「気づき」となりました。

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